ヒプノセラピーについて

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催眠の歴史

近年、広く知られるようになってきたヒプノセラピー(催眠療法)・・・実は意外と歴史が深いのです。人が催眠に似た行為や現象使って癒しを得てきた歴史を紐解いてみましょう。

古代エジプト

『眠りの寺院』・・・神官の唱える呪文によって眠らされ、身体共に癒された (医学文献『エベルス・パピルス』)

これがギリシャに伝わりロポネソスにあるエピダウロス神殿はよく知られている。

催眠現象について最も古い記録

紀元前3766年のパピルスにチッチャ・エム・アンクという呪術師が、催眠とおぼしき数々の現象を起こしたと記載。 シャーマンや祈祷師、預言者などが神との交信を目的とした瞑想は、トランスという催眠状態を活用しており、修行僧が催眠によるペインコントロールを利用するなど、催眠は精神世界と結びつく形で利用されてきた。

18世紀

『メスメリズムの提唱者』フランツ・アントン・メスメル
『動物磁気説(メスメリズム)』を考案。これは、生物には+と-の磁気があり、この二つの間を流れる液体が滞ることで肉体に影響するというもの。

現在は彼にカリスマ性があり、施術的には暗示によるものと考えられている。

19世紀

『催眠療法の名付け親』ジェームズ・ブレイド
眠りを意味するギリシャ語「ヒプノス(hypnos)」からヒプノーシス(hypnosis:催眠)という言葉がうまれた。後日、これが催眠と睡眠の誤解をうむもとになる。

『ナンシー学派』
オーギュスト・アンブロア・リエボー,イポリット・ベルネーム
メスメリズムはこの頃サルペトリーエール学派へと受け継がれており、直接暗示による催眠治療を精力的に行っていたリエボーとベルネームらの研究グループ『ナンシー学派』と真っ向から対立。

1889年にパリで開かれた国際会議でナンシー学派の正しいことが証明され、催眠に対する論争に終止符をうつ。19世紀末、『新しい催眠療法』 をヨセフ・ブロイエル(ウィーン医師)が発見、友人の精神科医フロイトを大いに触発。

20世紀

『すべては自己催眠』 エミール・クーエ
催眠による効果は催眠術師や催眠家の暗示によるものと考えられていたが、『すべての催眠は自己催眠である』と、催眠の新しい見解を持ち研究を進め、いくつかの暗示の法則を定義している。

18世紀のメスメルが動物磁気による治療を始めてから20世紀半ばまで、催眠は決して正しく評価されることはなかった。しかし、第2次世界大戦後、催眠の地位は向上し、世間に認められるようになった。

『現代催眠療法の源流』ミルトン・エリクソン
1959年にアメリカ医学協会で初めて催眠療法が認められるまでの基礎作りに貢献し、その独特な催眠スタイルは、催眠誘導を伴わない催眠暗示として、現在にも受け継がれている。

これに先立ち1940年代後半にイギリスに催眠医学者協会が、続いてアメリカに臨床実験催眠学会が設立、両者とも定期的に機関紙を出すようになり、1955年にイギリス医学会が医療における催眠の有用性を認定。1958年に国際臨床実験催眠学会が発足し、2年後ニューヨークで第1回国際催眠学会会議が開催。催眠研究の輪はしだいに国際的な展開を見せるに至る。

古くから人々は潜在意識が優位になった状態で、リラクゼーションや癒しを与えることにより何かしらの効果があると考え、様々な時代の学者が研究を重ね、形を変えて今日に定着しているのです。

心のケアをもっと身近に!

誰もが何かしらの傷ついた経験をしており、心からの願いが現実のものとならない理由にも、潜在意識に押し込められた心の傷や過去の出来事が深く関係しています。何かのきっかけで過去の嫌な出来事がフラッシュバックすると、心のひだが敏感に反応し、大きな感情の波となって押し寄せてきます。火種を取り除かない限り、その状態はずっと続いていくのです。日本でも、近年広がりを見せるヒプノセラピー(催眠療法)ですが、古くから人類が親しんできたこの療法を、ストレス社会の現代にこそ活用していければと思っています。

ヒプノセラピー(催眠療法)は今有効視されている療法の1つです

欧米では家庭とヒプノセラピーカウンセラーが深く関わりをもち、心のケアに対しても進んでいます。日本では耐えることが美学と教えられ、自分で抱え込んでしまう方が多いのも事実ですが、自分癒しと自分探しの方法として、ぜひ体験されてください。

多くの人たちが自分らしく生きる道を選ばれますように。そして、輝く光の種がたくさん地上に蒔かれ、広がっていきますように。私のこのサイトがヒプノセラピー(催眠療法)についての情報の1つとなり、活用していただければ幸いです。

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